以前の記事
最新のトラックバック
その他のジャンル
最新の記事
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
|
-序章- 1985年 初夏。 大阪は、阪神タイガースの快進撃に沸き立っていた。 その頃の私は、デザインスクールで 毎日、講義の課題をこなす毎日。 デザインスクールは、実にお金がかかる。 実習講義で使用する、画材や教本はスクール内の販売所で購入しなければならなのだ。 そして、当時はまだ一派的ではなかった中国・上海への旅行を計画していた。 オシャレも興味の対象だ。 先立つものはお金。 課題をこなすのが手いっぱいの毎日だったが、 アルバイトで収入を得ることを決意した。 高校時代の友人と、アルバイトの面接をまわり、 なんとか、大阪梅田にある全国チェーンの居酒屋本店で、 採用が決まった。 過去、様々なアルバイトについてはいたが、 接客は未経験だったため、1週間は失敗の連続。 不器用にできているのだ。 午後5時。 ビル裏の非常階段を上がっていく。 2階は、同系列のラウンジ店で、バニースタイルの女性が接客している。 「おはようございます」 と半開きの控え室へ挨拶をして 3階のアルバイト先へと向かう。 昔の丁稚ファッションがアルバイト先のユニホーム。 着替えを済ませ、調理場や同僚たちに挨拶、 いざ、現場へ。 今日もめまぐるしい時間が始まる。 「やっこ1、ポテトフライ2 お願いします」 オーダーをちぎり、棚に貼ったあと 調理場に叫ばなければならない。 普段、大声でさけぶ習慣がないものだから 今だに恥ずかしい。 土曜日の夜は、平日よりも客が多い。 有線から、サザンの「ミス・ブランニュー・ディ」が流れている。 「お二人さんやぁ、よろしくな」 音楽とざわめきの中でもはっきりと聞こえる、男の声。 お客は、エレベーターから降りると 履物を脱ぎ、靴箱に入れる。 靴箱は、古い銭湯のように板の鍵を抜いて保管する。 声の主は、受付に声をかけているようだ。 やがて、もんぺ姿女性が 異質のカップルを奥の席へ、誘導していく。 粋に着流した着物、色黒でがっちりとした初老の男と 当時はまだ目新しい、紫色のボディコンシャスを着た、 年のころ20代後半の美女だった。 席は27番。私の担当だ。 いつものように、オーダーを聞き、給仕を続けた。 「にーちゃん、こっち」 手招きで、呼ばれた。 色黒の肌が、白い歯を強調している。 「はい、何にいたしましょう?」 片ひざを着いて、オーダーに応えるポーズをとる。 「なぁ、にいちゃん。ここのバイト終わったらウチに、けーへんか?」 「は?」 唐突な言葉に、絶句。 「は・はい、機会があれば・・」 そつなく、返事をした。 唐突とはいえ、スカウトされたのだから悪い気はしない。 オーダーを終えたあとは、頭は妄想の中にある。 「どこかの高級店のバイトやろか? それとも筋者の舎弟か?」 顔は、なにげにニヤついていたに違いない。 その日以来、男は土曜日にやってきた。 毎回、美女の顔が違う。 顔をあわせるたび、会釈をするようになっていた。 その日は、泥酔した客が店内で暴れたあげく、 厠で吐いてしまうというハプニングがあったため、 帰宅時間が押していた。 午前12時10分。 終電には、とうてい間に合わない。 後片付けを終えたのは、それから15分後だった。 「しゃーない。ゲーセンで時間つぶして始発で帰るか」 非常階段をとぼとぼと降りていく。 シャッターが閉まっている店。 遠くで酔っ払いが、叫ぶ声が聞こえている。 アスファルトに降り立ち、とぼとぼと歩きはじめると、 背に、車のライトがあたる。 道路脇へ避けようとすると、車が止まった。 黒塗りの高級車。 シャーッ。後部座席のドアが開く。 「にーちゃん、これから予定あるか?」 ぬっと黒い顔が窓からせり出した。 初老の男。 「はあ、終電がないので東通りあたりで、ぶらぶら時間つぶすつもりです」 「ほな、車に乗りや。ええとこ連れてったる」 「・・・」 顔見知りとはいえ、素性のわからない謎の男。 戸惑いを隠せない。 「ドン」 運転席が開いた。 甘い匂いが鼻をくすぐる。 柔らかなものが、左腕に絡みついてきた。 引き寄せられるように車へ誘導されていく。 男が連れてきていた美女。 私は、いつのまにか、後部座席に座っていた。 色とりどりのネオンが流れる。 男は白い歯をみせて、こちらを見ている。 この謎の男が、やがて私を摩訶不思議な道を指し示すようになる。 -謎の男 源さん- 「なあ、にーちゃん。あの店、長いんか?」 男の声は、いつも腹の奥を熱くさせる。 共鳴するかのような、親しみを感じていた。 「いえ、まだ1ヶ月くらいです」 「ほうか」 「ところで、ワシ、筋もんの男やないで。心配せんでええ。あははは」 私の疑問を見透かすかのような、笑いだ。 「すまんかったな。にーちゃん。むりやり押しこんでもうて」 「は・はい。大丈夫です」 本当は、大丈夫じゃないのだが。 車はすでに、高速に乗っていた。 長距離トラックの荷台が、きしみを立てながら追い抜いていく。 しばらく、沈黙が続いた。 「ワシの名ぁは、辰巳 源」 「にーちゃんの名は?」 「マツシタ ナルキヨです」 「ナショナルさんか。下の名ぁはどう書く?」 「ナルは成功の成、キヨは柴田恭平の恭と書きます」 「恭順しているかのように相手を油断させ、いつのまにか成り上がっている。」 「したたかな名ぁやな」 「あはははは」 「ほんまや。あははは」 言われてみて、初めて自分に名の由来を知った。 少し、気持ちに余裕をもちはじめたようだ。 道路標識は、奈良方面へ指し示している。 車は、高速を降りた。 高度成長期に貼られていたであろう、蚊取り線香の看板がバス停にある。 遠くに山のシルエットが、都会の明かりをまとっているのが見える。 「もうそろそろ、着くで」 車は、住宅街の細い路地を走らせていた。 同じ顔の家々の中、ひときわ目立つ旧家が顔を出した。 分厚い門がある。 黒い松の木の下に車が止まった。 「源さん、ついたでぇ」 「おっ、ありがとさん」 女は、運転席を乗り出し男に手を差し出した。 着流しの袖を、ひょいと丸めると、ごそごそやりはじめた。 「ほれ、タクシー代や」 くしゃくしゃになった、むき出しの万札を数枚渡した。 「きゃっ、源さん、また誘うてな。ありがとぅ」 「ほな、ナルさん。降りようか」 「あ・はい」 車から降りると、女は手を振りながら暗がりに消えていった。 「あれ? あの人、源さんのイイ人とちゃうんですか?」 「わはは、ちゃうちゃう」 後頭部をさすりながら 「あれはお人形ちゃんや。ワシ、車は運転できへんねん」 「ワシは、若者が集まる所が好きでな。ときどき尻がムズムズしてきよる」 「やけど、爺さんひとりで行きにくいやろ? 頼んで付き合ってもうてるんや」 「どうせ、お人形ちゃんやから、べっぴんさんでいろんなタイプを楽しみたいやろ?」 といいながら、私の背中をポンと叩く。 「さあ、家にはいろうか」 門の勝手口をくぐると、家を囲むように木々があり、玄関が見えている。 暗いはずの玄関の引き戸のガラスから、光が漏れている。 「まあ、入り」 ガラガラガラ。 引き戸は抵抗なく、動きに従った。 「源ちゃん、おかえりなさい」 ジャージ姿の地味な女が出迎えた。 奥さんにしては、若すぎる。 女は、私がいるのがわかると、柱の影へ消えた。 「まあ、入り」 柱の向こうから、 「おかえりぃ、源さん」と 年齢がまちまちの女達の声がした。 「なんたらの箱舟みたいな、怪しい団体か?」 ほぐれかけた気持ちが、ふたたび警笛を鳴らした。 足もとが映るほど磨き上げられた廊下を、男の後につづいた。 柱の向こうは、台所のようだ。 「まだ起きてたんか? はよう寝なさい」 と一声かける。 ちらっと中の様子を見ると4人の女がいた。 出迎えたジャージの女、肩パットの入った高級そうなスーツを着たワンレングスの女、 くびれがなくなるほど豊満な少し気の強そうな女、 そして、乳飲み子をかかえて下を向いて暗い顔をした女だった。 テーブルにそれぞれ座っているが お互い干渉せずか、ウォークマンを聴いているものもいる。 「はあーい」とけだるそうに奥へ引き上げていった。 廊下のつきあたり右手の障子を引くと、奥の間になっていた。 家具ひとつない畳張りの広間。 自然の大木を使ったテーブルが中央に、分厚い座布団が3つ敷いてある。 ひときわ目立ったのは、 壁に畳ほどの枠に入れられた、太い一筆書きの○。 「まあ、お座り」 自然木を間に、向かい合い座る。 「早速やが、ナルさんにここを手伝どぅてもらいとぅて、お連れしたんや」 「・・・はぁ」 私自身、状況が判断できないまま、きり出された。 「さっきの女達、驚いたやろ?」 「あれでも、みんな自立しててそこそこ責任ある人ばかりや」 「へー」 「あのジャージの女性は、ああみえて新地の店でナンバーワンやった人や」 「えーっ」 「女は化けるでぇ、気つけや わはは」 「ちょっと待っててや、もうすぐ来るはずやが、コーヒー入れてくるわ」 「さっきの女連中は、お客さんやからな。コーヒーを入れるのもワシがやるんや」 「待っててや」 私の意思にかかわらず、ぐいぐいと時は流れる。 ひとり残された。 シーンと沈みかえる部屋をキョロキョロと見渡す。 先ほど気づかなかったが、右奥にある別の戸が半開きなっていた。 よくは見えなかったが、薄暗い部屋から、 分厚い頑丈そうな梁が横切り、縄が吊るされている。 「げっ、拷問部屋?」 身を乗り出し、部屋を覗こうとした時 ガラガラガラと玄関の戸が、静けさを割った。 ビクッとして座りなおす。 「ちょうどよかったわ」 と、遠くで男の声が聞こえた。 障子の向こうから、こちらに向かってくる足音がする。 男と、もうひとり誰か来たようだ。 -フミコという女- 静かに障子が開いた。 盆にコーヒーカップをのせた男と、女が立っていた。 「おまたせ」 「こちらはフミコさんや」 女が、ぎこちなく会釈をした。 「座ろうか」 テーブルにコーヒーを置くと 私の正面に、ふたり並んで座った。 女は、色白で奥二重、とびきりの美人ではないが雰囲気のある女。 流行遅れの地味なグレーのワンピースをまとい、ちいさく座っている。 歳のころ30代を過ぎてはいるが、品のようなものを漂わせていた。 「フミコさんは、ええとこの奥さんでワシがしばらく面倒もとるんや」 「はぁ」 また、突拍子のない言葉。 「何を面倒みているんや? お妾さんか?」 と疑心を感じた。 「ここはな、迷い猫の駆け込み寺やねん」 「・・・駆け込み寺?」 男の言葉は、常に驚かされる。 「かけ込み寺いうてもな、変な団体活動ちゃうで」 頭の中が、混乱している。 拷問を感じさせられる部屋、女達、駆け込み寺・・ どう考えても、カルトな集団としか繋がらない。 「ナルさん、SMいうのを知ってるやろ?」 「はぁ、女の人を縛りあげたり、鞭でぶったりするやつでしょ?」 この男、SMのご主人様かもしれない。 察するように男が言う。 「ワシは、秘め事を見せつける趣味はないでぇ、わはは」 苦笑。 「実はな、家におる女達はSM中毒、抜け出されへんようになった人達なんや」 「!」 男の癖であろう、後頭部をさすりながら言う。 「SM好きで、望んで変態プレイを楽しむ分には、淫乱ですまされるやろ」 「ここのお客さんは、そうやない」 「心の傷や闇を、つけいlられ、男達のエゴでSMへ引きずり込まれた人達なんや」 男が、フミコに顔をむけ 「なっ」 と促すが、一点を見つめて無言でいる。 「ゴホン」 気まずそうに、私に向きなおし話を続けた。 「普通に生活する分には、なんの支障もない」 「やが、会話は上の空、心を閉ざしてしもとる」 「やっかいなんは、SMで責めな、心を開いてくれんのや」 ズズズとコーヒーを飲んで一呼吸おく。 「不本意やが、SMという型を使いながら心を開かせ、原因になっているもんを探りだす」 「探りだす?」 「そうや、SMに引きずり込まれる前にあった心の闇の根や」 「心の闇の根・・」 「それを、しっかり受け止め、SMの世界から手をひかせていくんや」 いまひとつ、理解にしがたい。 「このままほうっておいたら、縛る相手を次から次へと迷い探し、ボロボロになってまう」 「いわば、迷い猫やな」 言葉を信じるなら、この爺さん、何かスゴイことができるのかと感じた。 「そういう連中が、まわりまわってここへやってくる」 「駆け込み寺ちゅうわけや」 「ワシは、縛られたもんを縛らずして送り出す、縛らず師ちゅうとこやな」 「しばらずし・・」 いつのまにか、得たいのしれない世界に立ってしまったようだ。 「ちょっと待っといてや、着替えてくるわ」 男は、二人を残し奥の間を出て行った。 気まずい空気が流れる。 私は、彼女を見ないように部屋のまわりを見渡す。 強い視線を感じ続けている。 私をじっと見ているようだ。 おもわず、女に目が動いてしまった。 ニヤリ。 上目遣いに、溶けるような目をしていた。 背中に冷たい汗が流れた。 おびえるように、小さかった女がこびるような仕草をしている。 「これが、SM中毒というやつか・・」 気がついたら、私の傍にいた。 シャンプーの匂いが、私の胸元に漂う。 女の手が、ジーンズのファスナーへ動きだす。 動けない。 焦り、恐怖、興味いりじまざった感情が交錯する。 女の呼吸が、股間にあたる。 スーッ、バタン。 「はじまりよったか!」 すばやく歩み寄り、フミコの手首をつかみあげる。 「来んかい!」 一括。腹の底に響く声。 半開きだった謎の部屋にひっぱっていく。 振り返りざま、私にむかって 「ナルさんもついてき」 呆気にとられている。 よろめき、尻もちついてしまった。 謎の部屋からは、うめきが聞こえてきた。 >>下記 縛らず師 一夜目 二 へつづく #
by luvaqax
| 2011-11-01 21:51
-夜叉がいる-
なんとか、謎の部屋の入り口に手をかけることができた。 低い位置に、灯篭がある。 上にいくほど黒く、すべての影が濃い。 天に横たわる梁は、大木の幹にも見える。 拳にみえる男の尻には、白いふんどしが食い込んでいる。 背を向け、硬く動いていた。 手早く、フミコに縄で締め上げ、梁へ吊り上げていく。 ギリッ、ギリッ。 梁のこすれあがる音。 意外なことに、フミコは服のまま縛られている。 ポルノ映画とは違うようだ。 あくまでも、動きを封じる役目に見えた。 不器用な振り子のように、フミコがいる。 タンッ。 背もたれのない、椅子が床にある。 見上げるように、男が座った。 私も入り口のあたりに、あぐらをかいた。 「お子さん、来年、中学生やないか?」 意外な言葉だ。 縛りあげた痛みではない、苦悶の顔をした。 肩まである、黒髪が振り乱れた。 「もっと、きつく縛って。いじめて・・お願い」 初めて、まともな声を聞いた。 「成績もそこそこ、ええらしいやないか。楽しみなことやな」 「この服、ズタズタにしてぇぇ」 問いには、まともに応えない。 それどころか、より食い込ませるように、自ら、身体をよじりだす。 「ちゃうやろ? 子供の話をしとるんや」 髪を鷲づかみにした。 フミコは、少しうれしそうな笑みを浮かべた。 「しゃーない、昇天させなラチがあかんな」 「ナルさん、ちょっと来て。手ぇ貸して」 「は・はい。何をしたら?」 「そこの縄、梁にかけてくれや」 縄を梁にかけようとするが失敗。 なんとか2度目でうまくいった。 その縄の先を、足に硬く結びつけ引き上げていく。 フミコは、宙にぶら下げられる形となった。 「子どもの話やが、あれは旦那の子どもか?」 耳元で、ボソッと言った。 「いわないでっ」 縛られる快感ではない、悲痛な叫びだった。 男は、何かをつかんでいるらしい。 フミコの琴線に触れたようだ。 「何でそんなに嫌がる?」 手のひらを頬に乗せ、やわらかく首筋に動かす。 「はあぁぁ」 身体が反り返る。 梁と縄のきしむ音がする。 「!」 「言いたくないのは、それだけやないやろ?」 乳房のあたりを探るように、何かを探っている。 見つけたようだ。 摘み上げるように、力が入っていく。 「ぐぐっ、つぅー」 力を抜くと、脱力する。 ハンモップのように、身体が揺れた。 「寂しかったんやろ?」 髪をやさしくなぜる。 ふたりしかわからない、駆け引きが続いているようだ。 繋がらない会話を聞いていても、傍からは理解ができない。 「あんたの身体にたくさんの男が乗ったんやろ? 違うか?」 みだれたスカートが、フミコの太ももをあらわにしている。 グーッと鷲づかみにし、力を込める。 全身が縄で吊るされているのだから、痛みや負担が大きいはずだ。 「いやーっ」 太ももと同時に、乳房の小さな神経の塊のあたりを摘みあげる。 「いいぃ。もっとー」 髪をかきあげ、男はフミコの耳に小指を差し込む。 摘みあげた塊をなおいっそう力を入れながら、小指を振るわせ始めた。 フミコは、不思議な動きをはじめた。 男女が交じり合うような、腰の動き。 生々しく、宙をくねっている。 「あああああぁ」 「吐き出さんかい。もっともっと」 摘みあげる力が、耳の小指の動きが、容赦なく続けられる。 「フミコさん、あんたには夜叉が住んどる。吐き出して楽になりや」 「あががが、くぅー」 埒が開かない状態に、男は宙をにらむ。 フミコの目線が私にむいた。 ニヤリと勝ち誇った表情。 瞬間。 パチーン。 「集中せんかーっ」 尻を平手で叩いた。 フミコが、宙でのけぞる。 ピクピク、何度も痙攣をした。 「そこ、感じるとこちゃうで」 ボソリと、苦笑していた。 滑稽なやりとりで、私はクスリと笑ってしまった。 緊張と緩和の繰り返しが続く。 何度も逝っている。 フミコの体重が、すべて縄にゆだねられた。 「なんども・・・違う男の子どもを流してもうた・・・」 根負けしてようだ。 手伝いながら、フミコを床に下ろす。 縄をほどいていった。 泣いている。 男がしっかりと抱きしめ、髪をなぜる。 「ええこやな。よーがんばった」 「うん・・」 少女のような笑顔。 どうやら、ひと仕事が終わったようです。 -帰依- 男がしていることが、少し理解できたような気がする。 少女のように、男に包まれているフミコ。 なぜか、安堵感に満ちていた。 「クククッ、 クククッ」 と押し殺すようにフミコが笑う。 「こんなことで私がわかったと思うんかい?」 ドスの効いた声。 そう、何ひとつわかっていたわけではなかったのだ。 「わははは、そうだろうと思ったわ」 フミコの笑いを押し込めるような、男の笑い。 新たな駆け引きが始まった。 フミコは両足を広げ、ダンダンとだだをこねる。 「縛れ、もっともっと」 スカートをたくし上げたかとおもうと すばやく下着を脱ぎ、何もつけない姿になった。 「これからが、本番や」 男は、フミコを押さえつけはじめる。 肉と肉がもつれ合い、艶かしい。 ハア、ハアと息を吐きながら男が言った。 「ナルさん、今度はあんたの番や」 「えっ?」 「こっちおいで、早く」 戸惑いを隠せない。 すがるように、男へ顔をむけた。 フミコは、うつぶせに押さえつけられ身体をくねらせている。 「フミコさんの様子を見て、何か感じることはなかったか?」 「はっ?」 「こっちへ来て、フミコさんに感じたまま、言うてみぃ」 いきなり崖っぷちに立たされた。 焦りながらも、考えてみる。 フミコが少女のように、男を父親のように甘える仕草が浮かんだ。 ぎこちなく、女の髪をなぜてみた。 「パパは、ココにはいないよ」 ドッ。 フミコが崩れ落ちた。 あらわな姿が、白く放り出されている。 「グーッ、グーッ」 いびきをかいて、寝ている。 私は、全身が硬直していた。 「ふう、これが夜叉やったか・・・」 男は、隅に置いてあった毛布をフミコにかけた。 「さすが、ワシの見込んだ男や。これで帰依させられるかもしれん」 トントンと私の肩をたたき、あぐらをかいて座った。 私は、床にへたりこんでしまった。 新聞配達のバイクの音が、遠くに聞こえる。 いつのまにか、朝を迎えていた。 -理由(わけ)- ボーッと暗い。 ぼやけた木目が見える。 眼鏡を探し、アクビをひとつ、ふたつ。 「ここどこ?」 いつのまにか眠りに落ちていたようだ。 キョロキョロと見渡す。 眼鏡を手探りのあと、かけた。 黒々とシルエットに映る梁と縄。 「源さん?」 昨夜、現実と幻影の中にあった部屋だ。 今は、静まり返った部屋でしかない。 奥の間を抜け、台所へ向かった。 窓から、光がさしこみテーブルを照らす。 奥の部屋には、積み上げられた布団が高くある。 昨夜いた女達は、もういないようだ。 テーブルの椅子に腰掛けると 「今日、日曜でよかった・・帰って課題やらな」 とまどろんでいた。 ガラガラガラ。 と玄関の音がして、タンタンタンと足音が近づいてくる。 「おーナルさん、やっと起きたか。もう昼過ぎやで」 たくさんの野菜が入った籠をかかえ 麦藁帽子をかぶった男が立っている。 「これは、うちで採れた野菜や。普段は百姓やってるんでな」 肩で籠の野菜を見せつけ笑った。 籠を下ろすと向かいに座った。 「昨夜はありがとさん。助かったで」 「腹へったやろ? 昼飯作るわ。食べて帰り」 立ち上がると手際よく料理を作りはじめた。 トントントンと軽快な包丁の音が聞こえる。 ごま油の匂いが鼻をくすぐりはじめた。 山盛りのごはん、ニラレバ炒めと味噌汁、 そして白菜の漬物が手際よく置かれた。 「いただきます」 男は、モリモリと食べ始める。 声、姿に加え、食べ方もエネルギッシュだ。 私も手をあわせ、続いて食べ始めた。 ニラレバ炒めに箸をつける。 「うまい」 濃厚なニラの香りと癖なく処理されたレバーが バランスよく交じり合い、ゴマ油がうまくバランスをとっている。 「ニラは、自家製の取れたてや。レバーも家の鶏をしめたやつや」 「白菜のつけもんもうまいでぇ」 白菜の漬物は、ほのかな野菜独自の甘味がする。 大根と豆腐の味噌汁も捨てがたかった。 昼食を済ませ、洗いものを手伝い日本茶で一服。 「あの、フミコさんはあれからどうされたんですか?」 「しばらく眠たあと、家に帰りよった。あれでも人妻やからな」 後頭部をさすりながら、男が言う。 「最後にあんたが言った、<パパは来ないよ>が肝や」 「あの人のお父さんは、ある企業の会長さんやし、ご健在や」 「何がああまでフミコさんを追い詰めたんか? やな」 顔の前に組んだ手を、見つめている。 「んー、幼い頃忙しくてかまってもらえなくて、その裏返しとか・・」 「いや、ちゃうな」 「はあ・・」 「ワシの見るところ、おそらく父親に性的な虐待をうけてたな」 「えーっ、何でそんなことわかるんですか?」 「もしそうやったら、あんな行為、拒否するんちゃうんですか」 男は、ズズズとお茶をすすりながら、 ポリッと白菜の漬物を食べながら言う。 「もし、ナルさんが言うように父親に憧れていたなら」 「あんたが肝の言葉を言うたあと、父親に甘えるように抱きついてきたはずや」 「どこへも、行かさんようにな」 「なるほど」 「あんたが言うたあと、安心するように眠りこけた」 男は、前に乗り出す。 「ワシの見立てではな」 使っていない4つの茶碗を、並べた。 指さしながら説明を始めた。 「父親を恐れるフミコ、避けたい反面愛して欲しいという部分もある」 大きめの茶碗は父親、小ぶりな茶碗はフミコを示す。 「父親を恐れるフミコ、避けたい反面愛して欲しいという部分もある・・」 「人間、不可解な部分もあってな、父親の面影を追っている」 中くらいの茶碗を、フミコの茶碗に近づける。 「そして、20歳近く年齢の離れた旦那と結婚」 「愛されるものの、実際は満たされたことがなかった・・」 派手な茶碗を、ふたたびフミコの茶碗に。 「父の面影を追って、次から次へと男を渡り歩く」 「その度に、子どもを流していく・・」 「罪を深く感じ、自分を責める気持ちがつづく」 「そんなとき、SMに出会ってもうた・・」 「ちゅうことや」 たしかに、辻褄があっている・・。 「これからは、縛る行為をやめて解きほぐしていくことや」 ニヤリと笑った。 私は気になっていたことを聞いてみた。 「見込んだって言ってくれはりましたけど、なんでボクなんですか? 理由は?」 「その黄色い眼鏡や」 「わはは、うそうそ」 「最初は、その黄色い眼鏡の兄ちゃんを見て、変わったやつやとおもったんや」 当時の私は、黄色い縁の眼鏡をかけ、髪を束ねていた。 「人には、フィーリングいうもんがあるやろ?」 「オーダーを受けるときの、相槌が気持ちよかった」 「あと、人をよー観察する目をしてよる」 「その目が気にいったんや」 「ははぁ」 立ち上がると、ポケットから何かを取り出し、私に手渡した。 「帰りの交通費や、帰りはお人形ちゃんなし!」 広げてみると、千円札だった。 これから、始まる新しい世界への駄賃でもあった。 二夜目につづく。 #
by luvaqax
| 2011-11-01 21:48
1 |
ファン申請 |
||